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自分の人生に失礼のない生き方をする ③

自分の人生に失礼のない生き方をする

 

 

 もくじ

1. どのように生きていますか?

2. 何が失礼で何が失礼ではないのか?

3. 自分に失礼のないように生きるには?

4.まとめ

 

 

前前回の記事はこちら

前回の記事はこちら

 

3. 自分に失礼のないように生きるには?

 

自分の人生に失礼のないようにする

そう決めたのはいいのですが、さて自分自身に失礼のないように生きるには

一体何をすればいいのか?

 

 

その前に礼についてもう一度説明します。

 

仁・・・人を思いやること、慈しみ。
義・・・人道に従うこと、道理にかなうこと。
礼・・・社会生活上の定まった形式、人の踏み行なうべき道に従うこと。

    敬意を表すこと
智・・・物事を知り、弁えていること。

    正しい判断を下せること。
忠・・・心の中に偽りがないこと、主君に専心尽くそうとする真心。
信・・・言葉で嘘を言わないこと、相手の言葉をまことと受けて疑わないこと。

    信頼すること
考・・・おもいはかること、工夫をめぐらすこと。親孝行すること。
悌・・・兄弟仲がいいこと。

 

 

自分に失礼なこととは、敬意を払わずして

自分を粗末に扱う

ということだったんです。

かといって、

 

(いいよ、いいよ、そんなこそしなくていいよ)

(嫌ならやめちゃえばいいよ)

(みんなやってるから、気にしなくていいよ)

 

と甘やかすことではなく、

すべきことをし為すべきことを成すのです。

 

 

自分の価値を相手に求めすぎると己を二の次三の次にしてしまい

気づいたら他人にいいように扱われ疲弊していたなんてことに

なりかねないのです。

 

 

自分を大事にしない人は他人からも大事に扱われません。

 

貴重なモノって大切に慎重に取り扱うでしょ?

 

一億あげるから目玉をくれって言われてあげますか?

 

心臓与えますか?お金に替えられない宝物なのに

雑に扱うのはもうやめませんか?

 

 

これは本題とは少し離れていますが、

このことを決意したときに自分には自信と勇気が足りない

と思ったんです。(やり遂げることへの)

 

 

なのでその自信と勇気をつけるために

フルマラソンに挑戦したんです。

 

 

そのときはこんな考えがあったのですが、

 

自分の人生を取り戻すことを実行するためには

まず意志が弱い自分を乗り越える必要がある(?)

と思い込んでいたので何か試練を乗り越えたら

壁を超えられるのではないか?

 

しかも自分の意志で最後までやり通したという実績が

絶対に自信につながるんだ!

という変な思い込みで思いついたのがフルマラソンでした。

 

(一番嫌いな運動だけれども、けれど危険は少なそうだし

歩けば何とかなるかもしれないしね)

 

くらいの気持ちでいたんですけど。。。

 

 

 

結果このフルマラソンに挑戦したことで自信と勇気につながったのですが、

大会中には極度の疲労と足腰の痛み、雨による冷えで何度もあきらめそうに

なったのですが、

 

(今ここでリタイヤしたらすべてがダメになる!)

(時間ではなく完走、完歩、ゴールすること)

 

何度も何度も自分に言い聞かゴールできたのです。

 

そして・・・

完走完歩しました。

 

時間 5時間50分

 

 

疲労困憊だったけれど

自分自身にはじめて感謝できたイベントでした。

 

 

生きているから食べられるんだと

生きているから家族と話せるんだと

 

この想いが全身に広がったときに視界が変わったんです。

色が変わって広く見えるようになったんです。

 

そうしたら自分の体がここに連れてきてくれたという想いが

湧き上がる自分を大切にしようと強く思えるようになったんです。

 

 

という話をしたら、

『Mだね。。。』

って言われてしまいましたが・・・

 

 

4.まとめ

 

自分の人生に失礼のな生き方をするには、

自分の都合のいい好きなことだけではなく

時には立ち向かっていくことも必要になります。

 

そのときにうまくできなくてもその勇気を自分自身で

ちゃんと認めてあげること。

自分を自分自身で必要以上に傷つけないこと。

 

 

自分が行きたい場所、見たいモノ、会いたい人

そこへ連れて行ってくれるのは自分自身ですからね。

 

 

 

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自分に失礼のない生き方をする ②

自分の人生に失礼のない生き方をする

 

 

 もくじ

 1. どのように生きていますか?

  2. 何が失礼で何が失礼ではないのか?

 3. 自分に失礼のないように生きるには?

 4.まとめ

 

前回の記事はこちら

 

2. 何が失礼で何が失礼ではないのか?

 

自分の人生に失礼のないようにする

そう決めたのはいいのですが、さて一体何が失礼で何が失礼ではないのか?

(☝これは無礼ですが・・・)

 

その前に礼について説明します。

儒教における教えだそうで、南総里見八犬伝でもこの文字が書かれた

玉を持った侍が活躍します。

 

仁・・・人を思いやること、慈しみ。
義・・・人道に従うこと、道理にかなうこと。
礼・・・社会生活上の定まった形式、人の踏み行なうべき道に従うこと。

    敬意を表すこと
智・・・物事を知り、弁えていること。

    正しい判断を下せること。
忠・・・心の中に偽りがないこと、主君に専心尽くそうとする真心。
信・・・言葉で嘘を言わないこと、相手の言葉をまことと受けて疑わないこと。

    信頼すること
考・・・おもいはかること、工夫をめぐらすこと。親孝行すること。
悌・・・兄弟仲がいいこと。

 

この中でいう『礼』の自分に対して敬意が足りない、

自分を大事にしていないと思ったんです。

 

 

それは、自分にはまだ動かせる手も足もあるのに

何もしていないでそのしない理由を探しそれを正当化しようと

必死になっていると思ったんです。

 

 

それは、行きたいところにもいかず、やりたいこともせず

自分を2の次、3の次くらいにして、それでいて相手が満足しないと

自分のせいにして、それができない自分は価値がないいう言い訳を盾にして

自分を守ろうと必死になっていたんです。

それって本当に自分を粗末に扱ってるんだと思ったら

とんでもなく失礼なことを自分自身にしているんだと

感じたんです。

 

 

自分に失礼なこととは、

自分を粗末に扱う

ということだったんです。

 

 

自分のことを粗末に扱っていませんか?

 

 

次回へ続く。

 

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自分の人生に失礼のない生き方をする ①

自分の人生に失礼のない生き方をする

 

 

 もくじ

 1. どのように生きていますか?

 2. 何が失礼で何が失礼ではないのか?

 3. 自分に失礼のないように生きるには?

 4.まとめ

 

1. どのように生きていますか?

 

スティーブ・ジョブズのスピーチに、

『毎日をそれが人生最後の一日だと思って生きれば、その通りになる』

という一節があります。

禅では、

『一日暮らし』

という言葉があります。

 

過去も未来もなくその日一日のみを生きるという意味

 

 

過去に縛られてしまい、将来に希望を見いだせない

今を生きているのに過去に振り回され、来てもいない未来を案じる

そして今しか見ずにその瞬間だけに享楽にふける。

 

そんな人生を歩んできたかのように思っていました。

豊かな暮しを求めて一生懸命に働けど、不安は大きくなる一方で

サラリーが増えることと比例してそれを失う不安や自分を殺していく

生活をするようになっていったんです。

 

 

そうしていなければ価値のない存在であるかのように。

 

 

そんな泥の中を進むような人生に転機が訪れたんです。

 

リーマンショック後に自分を可愛がってくれた元上司がなくなり

その後に自分が会社で管理職になり、その元上司のようになりたいと

一生懸命になっていたときにその時の上司との関係がうまくいかず

心を病むような状態になってしまっていたんです。

 

ある日のこと、前の部署の部下が突然の病気で亡くなったのです。

亡くなる前にICUにてその部下に面会できたのですが

機械によって生命を維持しているその姿は衝撃的でご家族に対して

かける言葉を失い、ただただ頭を下げるしかなかったんです。

 

そのときに自分の中から声が聞こえたような気出したんです。

それは、

 

(このままでいいの?)

 

(お前はまだ手も足も動くんだぞ)

 

今にも消えそうな命の前に対してものすごく失礼な気がする、

そして自分に対してもとんでもな失礼なことをしている、

そのような思いに駆られたのです。

 

この体験がきっかけで心理の世界に飛び込むことになったのですが

その心理学の講座でこの詩に出会いました

 

Tomorrow never comes

(最後だとわかっていたなら)

 

作:ノーマ・コーネット・マレック 訳:佐川 睦

 

あなたが眠りにつくのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう

あなたがドアを出て行くのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめて キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう

あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが
最後だとわかっていたら
わたしは その一部始終をビデオにとって
毎日繰り返し見ただろう

あなたは言わなくても わかってくれていたかもしれないけれど
最後だとわかっていたなら
一言だけでもいい・・・「あなたを愛してる」と
わたしは 伝えただろう

たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら、
わたしは 今日
どんなにあなたを愛しているか 伝えたい

そして わたしたちは 忘れないようにしたい

若い人にも 年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめられるのは
今日が最後になるかもしれないことを

明日が来るのを待っているなら
今日でもいいはず
もし明日が来ないとしたら
あなたは今日を後悔するだろうから

微笑みや 抱擁や キスをするための
ほんのちょっとの時間を どうして惜しんだのかと
忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうして してあげられなかったのかと

だから 今日
あなたの大切な人たちを しっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること
いつでも いつまでも大切な存在だということを
そっと伝えよう

「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を
伝える時を持とう
そうすれば もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから

 

 

当時は子供の不登校、妻との関係、仕事の人間関係で

苦しんでいた中で心理学を学びこの詩に出会い

 

(そういえば、おはようも言っていないな)

 

そこに気づいたときに自然に、

 

『おはよう』

って言えていたんです。

 

 

それは会社でも同じで、

 

『ありがとう』

も同時に心から言えるようになっていたんです。

 

 

他人に対しても自分に対しても粗末に扱っていた人生が

その瞬間から人にも自分にも失礼のないように生きようと

決め今に至っているんです。

 

みなさんはどんな生き方をしていますか?

 

 

 

次回へ続く。

 

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